その23 術後検診

1週間後
1ヶ月後
3ヶ月後
半年後
そして1年後

都合2年間検診に通うも異常はもちろんなし

あの痛みは嘘のように消えてなくなり

肩や腕のしびれも麻痺もなくなっていた

治癒率99%

しいて言えば,親指の腹の内側にやや違和感がある
しかし,もちろん支障はない

傷口は表皮を縫うことなく行われたので
説明しなければ誰も気付くこともない

まさに完璧な治療を受けた

私は幸運だった!!

今この記事を書いているのは
術後2年と10ヶ月目

2年目の時にもはや検診の必要はないと言われ
無罪放免である

親指にわずかに残っていた違和感は
日々薄れていき
今気になることはほとんどない

3年目の夏
先生のところに挨拶がてら元気な姿を見せに行こうと思う

その22 リハビリテーション

翌日からリハビリが始まった

凝り固まった首や肩,腕をほぐすようだ

専属の理学療法士の方がついてくれた
女性の方でまだ若い

3回程この部屋へ通い
退院の許可を得る

都合5日間の入院であった
従って職場は10日間の病気休暇で済み,
私の奇跡のような闘病生活の終止符が打たれたのだった

その21 術後回診

先生方が病室へ

慌てて飛び起きると

先生「おお!!」

私「?!」

先生
「たいがいの人は頭や首などを押さえてゆっくり起きますがね
威勢がいいですね(笑 」

私「おかげさまで全く痛くなくなりました!」

午後からは歩行訓練が開始される旨
伝えられた

先生は窓際に立ち笑顔で。
逆行でまさに後光が指しているかのように思えた

その20 手術終了

目が覚めると手術室

まだもうろうとしていた

病室に続く廊下の天井が流れていく

あれ?!

仰向けに寝ている!!
痛くないし!!

しかし,考えてみれば術創も痛くない
麻酔が効いているのか…

その後のことは良く覚えていない
夜中に何度か目覚めたが
いつの間にか朝になっていた

尿チューブを抜いてもらって起き上がる

痛くない!!!

その19 手術室②

もはや仰向けになることは不可能だった

激痛に耐えながら姿勢を変えようと顔をしかめたのだろう

「あ いいですよ 麻酔してから直しますから」

助かった
久しく仰向けになどなっていない

しばらくすると
「麻酔入れますからねー」

こういう時,人は不思議と数を数える

1 2 まで

その18 手術室①(1)

午前中から点滴が始まり,
いよいよ手術室へ!!

何人かの看護師と思われる人々の中に
麻酔科の先生がいた

私は希望に胸を膨らませ
躍り上がるような気分になりつつも
目を閉じて瞑想していた

「あれ?麻酔入ってないよね」
「起きてますか?」
と,肩を叩かれた

「あっ はい」

「仰向けになれますか」

げ!ムリ

その17 手術へ②

入院の準備を整え,病院へ

その病院の7階は全て脊椎外科の患者であった(当時)

病室は6人部屋の広さに4人が入る感じのゆったりとしたものだった

手術は翌日の午後
時間は1時間半程度
予後が良ければ入院は5日間

との説明があった

「先生に全てを任せるしかない!」

もはや寝る姿勢に選択の余地のなかった私は
左肩を下にしたままの姿勢で,そう強く思った

その16 手術へ①

遂に手術を決断した

診察室の続き

「いつ頃がいいですか 早いほうがいいですか?」
「なるべく今月中にお願いしたいのですが…」
「どうですかね,予定は看護師さんどうなってますか?」

看護師「えーと,来週にキャンセルがあります」

私「!!! 先生,そこでお願いできないでしょうか」
「分かりました。オーダーしておきます」

痛みは変わらないが,足取りも軽く帰路についた
にわかに世間が明るく見えた
本当に長かった10ヶ月を振り返りながら電車に揺られ
直るかも知れないと思うと涙が出た

その15 手術決断

東京のもう1人の医師を訪ねる

その病院は独創的な造りで私に良いイメージを与えてくれた

レントゲン・MRIを撮影。

この時既に枕なしで仰向けに寝ることは難しかった
MRIは地獄の10分間だった
手に汗握り,涙が出た
しかし,期待に胸は膨らむばかり

いざ,診察室へ

比較的若い医師がおり,画像を診断していた

「それほどひどいということはないようですが」
「実は仕事にならないので困っています。先生の手術を希望します」

 
診察
首の可動や,頭を上から押しつけた時の痛みなど
何カ所かの診断で,第5・第6頸椎左側の神経根の圧迫が分かる

 

これまでの半年以上の経緯,特に医者を転々とし,
ある医師は2週間様子を
別の医師は1ヶ月様子を
更に3ヶ月様子を
ついには半年様子を…と
痛みに付き合って今後を過ごす選択肢に迫られてきたこと
を話し,痛み止めでこのまま様子を見るのは耐えられない旨を告げた。

 

「仕事に支障があるのであれば」
やはり同級生のすすめで受診した医師と同意見であった

「どうしますか?希望があれば手術となります。」

「お願いします」

その14 県外へ③

千葉は遠い…

しかし

調べると,なんと東京にその先生の出前の診療所があった!

さっそくその医師の勤務日に出向く

MRIを診てもらいツライので手術をしてくれる医師を探していることを話す

「そうでしたか。いや,そんなに難しい手術ではないですよ」!!

説明を受け,確かに入院も1週間程度であることを確認した

これなら職場に迷惑をかけずに手術ができる!

私の中で急速に手術への期待が高まっていった

しかし当然のことながら
東京のクリニックで手術はできず
結局千葉まで出かけることになる

実はもう一件,東京に同様の術式を施す医師がいた

セカンドオピニオンでそちらにも行ってみよう!

その13 県外へ②

千葉へ行こう!

新式の術式を行う医師

前方固定術というのは
ごくごく簡単に言うと

椎間板を摘除し,その間隙に代替物を挟んで上下の椎を固定する手術

多くの場合は代替物として自身の骨を取り(下半身の骨),

それを2つの椎間に挿入するもの
これが固着するのには2ヶ月以上を要する
つまり骨折が直るのと同じ期間が必要なのだ

ネットで見つけた千葉の病院では
骨の代わりにチタンの挿入物を用い,これをボルトで直接,椎骨に固定するもの
ネジで留めてあるので骨移植の場合程の安静を要しないようだ

何と1週間から10日程度の入院で済むという

これは訪ねるしかない!!

その12 県外へ①

手術前提の通院が始まった

やってくれる医師探し

県内の手術派最右翼の先生へ
そして県外へ…

その先生は県内の外れに病院を構えていた
日本でも有数の猛暑を記録する場所にある
既に7月,40℃に届こうという日であった

診察はトントン拍子に進み
手術の話になる
前方固定を希望していることを伝えると
医師は「その方法も採りうる」との判断

にわかに光明が差した

しかし,詳しく聞いて行くと
およそ3ヶ月の休職が避けられないという…

時期的にも,今の立場的にも
それは致命的なことであった

他の病院でセカンドオピニオンをと思い
ネットで色々と調べて
遂に東京に進出した

大きな病院であったが,同じく2~3ヶ月は仕事はムリ
とのこと…

更にネットで調べると
探してみるもので
半月程で復職可能なようなことが書いてあるページを見つけた!!!

その11 前方固定術模索③

手術に踏み切るかどうか

同級生の説得に
この先生の判断にゆだねることにした

その病院は個人病院であったが
比較的大柄な造りで
同じような症状に苦しむ患者達が来院していた

検査を済ませて診察室に入ると
その先生の問診が始まった

決定打は「業務(仕事)に支障があるか」
だったようだ

私は教員をしている

発症から4ヶ月が経った頃で
既に水平に正面を向くことが難しかった

黒板の前に立って,見上げて上から字を書くことはもはや,不可能であった

更に症状は軽減する気配はない

「手術の適応範囲ですね」

但しリスクが大きく,手術を勧める医師はまずいないでしょう
患者側から手術の希望があれば踏み切るといったところです

個人的には,耐えがたい現状に,手術という選択肢に期待していた

後は施術してくれる先生を探すことだ

その10 前方固定術模索②

手術適応範囲なのかどうか?

つまりこのくらいなら我慢なのか?

本当に半年,つまりあと3ヶ月くらいで直るのか?

幸いにも同級生に整形外科医と理学療法士の大学助教がいた

医師の方は切断した指の接合などが専門
今は診療所の院長として仕事をしていた

理学療法士の友達は,地元の国立大学の先生

いずれにしても
前方からの手術には反対だった

しかし,自分の調べる限り

私の症例では
後方は温存・対症療法
前方は根治療法

忙しい中,招いて酒を酌み交わしながら
色々と…

遂に,両者の先輩である整形外科の専門医に見て頂くことになった。
その方は既にメスを置いていたが,見立てはどうか…

その9 前方固定術模索①

前方固定術についてネットで調べる毎日
色々なことが分かる!

前方固定術。
中国に有名な病院があるようで,お金のある人はそこへ
日本人の方の例もネットに多々

しかし私はムリ

愛知県にその流れを酌む有名な病院がある!
これは遠いが行くしかない!!

しかし,HPにたどり着いてみると
何と3ヶ月待ち

ぐはっ

もはや3ヶ月も待ったら自殺したい程追い込まれていた私には
選択肢に入らなかった

その8 痛みとの戦いと医者巡り④

病院に予約を取り,訪れると
なんと幸いにも「脊椎外科部長」に当たる!

既存のMRI画像フィルムを持参したが
改めて撮影と言うことになり
(部長の威力か!)直ちに撮影。1時間後にはまた診察室へ

医師「やはりヘルニアを繰り返したことにより椎間板が消耗し,神経根が圧迫されているようですね。」
私「何とか外科的に対応できないですか?」
医師「ヘルニア自体はそれほど大きくないです。手術は可能ではあります。しかし,半年もすればほとんどのヘルニアは消失するので…」
私「??」
医師「つまり,手術のリスクを考えると,この症状では手術の適応範囲に入るかどうかと言うことです。様子を見ることをおすすめします」
私「実は前方固定術を希望しているのですが…」
医師「…?!  その術式は当病院でも年間1例あるかないか。後ろからなら数十例ありますが…  はっきり申し上げてこの病院でリスクを上回る自信がありません」
私「そうですか… ではあと3ヶ月様子を見ます」

投薬 リリカ

その7 痛みとの戦いと医者巡り③

ネットで手当たり次第頸椎について調べる毎日

あまりの痛さに,遂に手術と言う選択肢が浮上

症例数などをネットで調べまくる
県内の大手病院が症例が多く,相談の価値がありそう

そこで更にネットで手術について大いに調べる

大きく,後方からのアプローチと前方からの方法があることを知る。

更に,後方はいわば対症療法。前方は根治療法。と思った

前方固定術について詳しく調べその病院で相談することとする

その6 痛みとの戦いと医者巡り②

更に半月後,都合1ヶ月後にも
改善の傾向は見られず

更に広域に,県内の脊椎専門医を訪ねる

事の次第を説明する
X線を撮り,MRIの予約を入れる

この病院はMRIの設備がなく,別の撮影を主とする病院で撮り,フィルムを持ち込む段取り

後日
私「どんなもんですかね」
医師「んー ヘルニアはそれほど大きくないですが,椎間板が薄くなって骨の間に神経根が挟まっているように見えます」
私「それはどうしたものでしょう」
医師「まぁ,3ヶ月もすれば大抵は治まるものです」
私「しかし痛くてあと2ヶ月も我慢できません」
医師「ではブロック注射をしましょう」

 

星状神経節ブロック
処方なし

この病院に,1週間おきにブロック注射に通う…

その5 痛みとの戦いと医者巡り①

半月位経っても改善は見られず
痛みとの戦いの毎日

可動領域は狭まり,首を垂直にすることもままならない

別の脊椎専門の医師をセカンドオピニオンで訪ねました

私「もう半月にもなるんですけどなかなか」
医師「まぁ,普通は半月もすると引くんですけど1月かかるケースもままあります。」
私「じゃあ,今のまま様子を見ると言うことで…」
医師「そうですね。良くならなかったらまた来て下さい」

X線検査
投薬はなし

その4 悪化③ 悪化の最終章

そんなこんなで、またある朝のこと、激痛で目覚め、体調を確認してみました

①首から左肩、腕にかけて鈍痛 動かし方により激痛
②左肘から親指の腹にかけてしびれ
③左親指の感覚麻痺

これは今までと違って尋常ではない

早速くだんの整形外科へ
MRI検査
医師「前より大きいですねー」
私「なんとかならないもんですかね」
医師「まあ、大きなモノでも普通は半月もすれば消えちゃうんですよ」
私「じゃ薬で我慢ですね」
医師「そうです」

しかし、今回はいつもの薬は効きませんでした
投薬は
ボルタレン
メチコバール